ようやくCatalinaに

メインのWorkstation(Mac mini core i7 6core.以下 “WS” )は,昨年1月に購入した時は,Catalinaがpreinstalledでした.しかし,いろいろ不都合があるので,Mojaveにダウングレードして使ってきました1厳密に言えば,Mojaveだった先代のWSの起動ディスクの内容をそのままコピーして使いました..全く問題ありませんでしたが,サブスクしているATOKを最新版にupgradeできない,Wacom Tabletの最新ドライバーがインストールできないなど,細かい不都合がだんだん出てきました2最新機能を利用できない,というのは,たいした損失ではないですが,セキュリティー上に懸念を残します.

最近になって大きな不都合が起こりました.それはGoogle DriveアプリがMojaveではどうにも動いてくれないことです.勝手にGoogle Installerがupgradeしておきながら動かないというのはけしからんのですが,Google Driveを使えないのは生活に大きな支障を来すので,OSのupgradeによっていくつか動かなくアプリがあるのはあきらめてmacOSをCatalinaにしてしまえと言うことにしました.

OSのupgradeで手間取る

最新版のBig Surにするのは,環境設定からボタンいくつか押せば簡単にいくのですが,古いOSにupgradeするのは,少々手間がかかります.それでも,あちこちに書いてある通りです.そうした記事のリンクをたどると,App StoreからCatalinaのインストーラーをダウンロードすることができます.

ところが,その手順を何度行っても,ダウンロード完了直後の後処理のスクリプトがどうかしたという意味不明のエラーを吐いて,異常終了してしまいます.

困って,現在Catalinaで動いているMacbookで同じリンクをたどったら,無事 “Applications” フォルダー内に, “macOS Catalinaインストーラー” が出現しました.それでそのインストーラーをWSにコピーし,起動したら,「開発元が不明なので開けない」とかほざきます.自社製品の開発元が理解できないとは,一体全体どういう教育を受けているのでしょうか.

それでも,右クリックで起動して開くを押したらインストーラーは起動するのですが,なかなかアプリのウィンドウが開きません.ターミナルからtop -o cpuで見ると,100%のCPUサイクル使ってなんかしてます.これは,多量の外付けHDD(Time Machine用)をいろいろ調べているに違いなと判断して,インストーラーを強制終了してからWSの電源を落とし,Time Machine用のHDD3機(全て3TB)を外してから起動して,Catalina インストーラーを起動したら「当たり」で,ようやくOSのupgradに取りかかってくれました.

wsjt-x

インストーラーが動いた後は無事にupgradeが進み,Catalinaで起動できるようになりました3多数のアプリに,起動不能のマークが付きましたが,今日必要としているアプリはないと思われます..最初に確認したのは,wsjt-xです.この際なので2.2.xから,最新の2.4.0に上げました.例によって,shared memoryが何たらかんたらいってそのままでは起動しませんが,インストールdmgに入っているなんとかかんとかplistを指定の場所にコピーして,WSを再起動してからもう一度wsjt-x 2.4.0を起動すると起動してくれました.

しかし,USB-serialで接続している無線機のCATとPTTを認識してくれず,当該USBアダプターを抜き差しして,システムリポートでポートを特定して,設定し直しました.これが案外手間でした.

Catalinaになったら,英語表示に切り替えられるのかと思いましたが,正攻法ではダメのようです.下図のように,言語の選択ができません.

あとで,日本語リソースを削除しちまいたいと思います(できるかどうかは不明).

Time Machine用ファイルサーバー

これが確か,前回CatalinaからMojaveにdown gradeする最大の理由だったように思います.このWSには,3TBのHDDを付けて,Macbookのバックアップ用にしているのです.しかし,Catalinaにするとどうしたわけかバックアップ用に使えなくなったと記憶しています.

少しチャレンジしてみますが,ダメならダメで,リモートでなくて,Macbookに直接つないで使うことにします.

その他

他にも,いくつか問題があったので,追々確認して記事にします.

ハンプはやめておいた方が良い

日本国内でハンプを敷設しようという試みが最近行われているようですが,やめておいた方がいいです.諸外国の事例はいくらでもありますし,日本国内でも調べればかなり昔から散発的に試みがあるのでそうした事例をまず調査研究すべきです1調査すれば,無駄というより,弊害の方が多いと解ると思います.

シドニーで暮らしたのは25年も昔になります.当時は町中にハンプがありましたが,その効果に疑問を抱く人も多く,ハンプは新たに作らず,ラウンドアバウトを設置していくというふうに方針の転換が行われていました.1年3か月の滞在期間でしたが,その間にも通勤路や生活圏に多くのラウンドアバウトが新設されていました.

ハンプの良くない点はいくらでもありますが,特に重要なのは以下の2点だと思います(借りていた家のすぐそばにハンプがありましたし,日常的に車を運転していましたが,そうした実感に基づき,日本の交通事情に照らして挙げてみました).

  1. 徐行して欲しいような乱暴な運転者(不良ドライバー)はハンプがあってもかまわずスピードを出す
  2. 自転車やモーターバイクにとって危険

1.ですが,不良ドライバーはいうまでもありませんし,不良ドライバー以外の多くの善良な😓ドライバーもハンプの設定(設計)速度よりスピードを出します.ですからそもそもハンプを設置したことによるスピードの抑止効果は期待ほどではないですし,近所の人には車両がハンプを通過する際の振動や騒音が新たに生じるようになります.騒音については,善良なドライバーでも,ハンプの前後で減速加速をするので設置前より増えます.

2.については,いうまでもないです.自転車やモーターバイクはハンプを避けられるように,路肩側は少し開けてハンプを設置するようにしますが,そうすると不良ドライバーは片側のタイヤだけでもハンプを避けようと路肩によって走ります.このため,自転車はもちろん歩行者も危険性にさらされます.

そんなこんなで当時のシドニーではハンプはやめてラウンドアバウト設置に重心を移していたようですが(現在はどうか知りません😓),ラウンドアバウトはラウンドアバウトで問題があります😓2今回はハンプのこととまぜこぜに印象を残してもいけないので書きません. .日本の都市部では用地買収が難しいから,それだけでもあんまり現実的でないと思います.

世襲の人を尊重しない宣言

最近よく聞くのが,特にスポーツ関係者や音楽家が,「××さんをリスペクトしている」って言葉ですね.で, “respect” は,「尊敬(する)」って習いましたから,「××さんを尊敬している」じゃいけないのかと反発していましたが,いろいろ調べるとどうやら,respectはどちらかと言えば「尊重(する)」のほうが的確らしいです.じゃ,「××さんを尊重する」って言えばいいじゃないかと反発している今日この頃です.

現在われわれプロレタリアート・プレカリアートの宿敵である金持ち・大企業のための政党内で内ゲバ(外見は選挙のように取り繕っているようですが,「内閣総理大臣という政治を志したものの最終目的に到達するための,しかも公職選挙法が及ばない私的な選挙ですから,見えないところでありとあらゆる手段がとられていて,破格の現金や怪文書が飛び交い,密約・陰謀・裏切りまみれということは想像に難くない」って誰か言ってました)が起こっているようですが,その半分の候補が2世どころか3〜4世だというから呆れてものが言えません.

また,世界的大企業の世襲社長が,最近昆虫すごいぜで支持を広げた俳優とCMで共演するなどして浅薄なちまたの支持を上げていると言われています.

「そもそもテレビCMに頻繁に出てくる経営トップなどろくなもんじゃない」

とある知り合い

もし,彼がライバルの日産に就職していたらどうなったでしょう.ライバル社の御曹司(4世)が修行のために当社を選んでくれたということで,たぶんちやほやされて,係長,課長,部長待遇クラスまではトントン拍子に出世したでしょうが,その先はたぶん,「まだいるの」的な扱いで,部長待遇のまま飼い殺される(あるいは関連企業へ出向)でしょうけど,居続けることはまず有り得ないですね.そのまま日産の社長まで上り詰めることも100%ないでしょう(というか,内部昇格で大企業のトップになるという美しき伝統がほとんどなくなってきてます).

まあ,世襲で権力や地位を得た人々は,持たないものとしては羨望というか妬みというより,産まれながらの平等や公平性を著しく損なっていることにより,恨み・憎しみの対象以外の何物でもないです.

伝統的な芸術分野では,一子相伝で高度な芸術が長い間伝承されさらに高められているとされている例がいくつかあります.芸術的な部分はなんとも解りませんが,男系で何代も何十代も続いているって嘘でしょう.

今でこそ生殖医療の発達で産んだ母が100%産まれた子の母と言い切れなくなってきてますが,つい数十年前まで,母が産んだ子は,100%その母の子(遺伝的な意味において.以下も同様)ですが,父が本当の父かは保証の限りではありません.

まして,絶対に男の子を産まなければならないという今日的に明らかに人権侵害と言えるプレッシャーのもと,1人の妻が男子を産みつないでいける確率ってものすごく低いでしょう.親類から男子をもらって養子にする例を公にしている場合もありますが,その親類の男子が本当に遺伝的に繋がっているか証明できませんから,いっそ血縁でない才能のあるものを養子にした方が潔いでしょう.

そんなこんなで,才能が必要な分野において,一子相伝とか男系(に限らず血縁的な子)による継承というのは,非人間的な要素がおおいにつきまとい,遺伝的つながりについては今となっては科学的に検証できないものです.

ということで,政治・経済分野と芸術分野とでは理由が少し異なりますが,世襲はいかんです.

ここに高らかに,「世襲の人間を尊重しない」ことを宣言します.

読書: 河合隼雄のカウンセリング入門 実技指導をとおして

久しぶりに一冊の本を読了しました😓 カウンセリングの第一人者である河合隼雄の講演というか,数十人規模の受講者に対する実践的な演習を文字化・編集したものです.当然ながら全部が口語で読みやすいです.

ずいぶん古い話だなと思われる部分もありましたが11998年出版ですが,社会情勢に触れている部分から推測すると,少なくともバブル以前の講演です.,本質的な部分は変わりなく,現在に通用すると思います.

自分でカウンセリングをするつもりはありませんが,ちょっとしたきっかけがあってカウンセリングとはどんなものか知るために読んでみました.その目的のためには十分だったと思います.

大仏建立とオリンピック開催

日本の多くの宗教団体って,目に見える形で,日常的・継続的・直接的に,困窮者を支援していないなあ1もちろん,支援している団体はあると思いますが,普段暮らしていて気がつかないほど少ないことは事実と思います.,というのが,オーストラリアに暮らしたときの気付きのひとつです.

あちらでは,キリスト教会が困窮者支援をしていることは,ちょっと暮らしただけで見えてきます.また,生活に困窮していないまでも,制度からもれた人たち,たとえば対象となる制度がないため英語学習を受けられず,社会から疎外されがちな海外からの移住者に対する英語の無料レッスンなども行っています.いろいろな状況で困った人たちを直接的に救済しているという印象です.

もちろん,日本でも経済的困窮者を初めとする社会的弱者を支援している宗教団体はある2子ども食堂を支援している僧のニュースは比較的最近見ました.しかし,その他は思い当たりません.と思いますが,日常生活を送っていて見えてくることはまれです.

日本の仏教のシンボルである奈良の大仏(東大寺盧舎那仏)の建立は,ざっと調べれば,疫病(天然痘)が流行して,干ばつや大地震があったという状況下とわかります.日本史が苦手だった筆者でもそう習った記憶があります.どう考えても大きな銅像を造っている場合じゃない状況下だったでしょう.

人々が疫病に苦しんでいる中,疫病退散と人類の平和のために,病気治療や困窮者の救済とは直接とは関係ない巨大プロジェクトを行った.建立された盧舎那仏は人類にとってかけがえのない遺産となりました.当時の人々にとっても心の救いとなったかもしれませんが,それで良かったのでしょうか.

そんなことを考えていると,なんか今回のオリンピック開催と重なって見えてきました.疫病に打ち勝った証(あかし)3主催者側発表による😓,人類の平和のため😓

奈良時代の日本人のメンタリティーと現在人とが共通しているとは思えないですが,仏教的な何かがバックボーンになっているのかななどと,雨が降ってすることもない中考えました.