EテレのETV特集,「“悪魔の医師”か“赤ひげ”か」を見ました.
日本では死体からの臓器移植の件数が非常に少なく,救われる可能性のある命が結果的に見捨てられることになる事態が日常的に起こっています.現場でそうした状況を見続けてきた万波医師を中心とするグループが,ガン治療のため摘出した腎臓からガンを取り除き,必要な人に移植したという「事件」が12年前に起こりました.
一部のドナーとレシピエントの間で金品の授受があったので事件になり,マスコミが憶測で万波医師の関与を報じて大騒ぎになったのですが,逮捕も起訴もされませんでした.
結果的に万波医師と所属する病院が指摘されたのは,書面でのインフォームドコンセントが行われていなかったことと,手術が倫理委員会で承認されていなかったことです.まあ,後者については当時いきなり倫理委員会を開いても承認されるわけはありませんね.
当時,この事件については,上っ面の報道からしか知りませんでしたが,医学も生理学も素人ではありますが,そもそもがん細胞って臓器と一緒に移植した他人の体の中でも増えるの?っていう疑問は持っていました.
実際,その後,というか,海外ではこの手術が行われる少し前の段階で,遺伝子の検査によって,ガンを取り除いた病気腎を移植した場合,ドナーのガンに起因したガンがレシピエントで発症することはほとんどないと言うことが解ったというのです.
万波医師らが行った病気腎移植でも,結果的に,ドナーのガンに起因する,ガンがレシピアントで発症したのは,四十数例中一例のみだと言うことです.
海外では(といっても番組ではアメリカしか出ませんでしたが),病気腎移植は普通に行われていると言うことです.
日本ではようやく今年7月5日に病気腎移植の臨床試験が認められたと言うことで,この騒ぎで,世界から20年近く遅れてしまったわけです.
この番組を見て思うのは,取材された生命倫理学者のことばと全く同じです.医療者たちが,上から目線で生命倫理をないがしろにしているのではないかということです.
当時,万波医師を批判した医療者たちは,現在の考えを問われたとき,死体臓器移植を推進するのが一番だといいます.それはもちろんそうですが,待っていて間に合わず亡くなっていく患者が多数いる現実では,病気腎を利用すれば助かる命が増えるのは誰が考えても当たり前です.
透析患者本人や家族の過酷な現実や,腎移植をしても,貰った腎臓が機能しなくなることが少なくないことも,この番組で初めてしました.
上から見ている人たちには,「大義」のために100が101になってもたいしたことはないかも知れませんが,その”1″も家族も友人も同僚もいる一人の人生なのです.
一人でも救える可能性がある医療をなぜ真っ向から否定するのか.使える可能性のある摘出された臓器をなぜ廃棄してしまうのか.当時,万波医師を批判した人たちからこれに対する明確な回答や,ましてや反省は全く聞かれませんでした.
万波医師は,医者になったきっかけは,食いっぱぐれがないし,サラリーマンのように人に使われる仕事は嫌だっただけだといいましたが,この小一時間の番組でしか見て取れませんが,医師としても人としても,たぐいまれな人格者だと思いました.
追記(2022/11/11)
万波医師は,先月(2022/10/14)亡くなったそうです.ご冥福を祈ります.