micro HDMI プラグまさかの座屈

「座屈」でいいのかどうかわかりませんが,もともとmicro HDMIのプラグってなかなか差し込みにくいんですが,先程うまく刺さっていないと思って少々強めに押し込んだら,コネクタに刺さる先の部分と,手で掴む部分の境界部分で折れてしまいました.

映像信号は送れますが,モニターのサイズを認識できなくなってしまったので,廃棄します😥

RPi3でRTSPを見る: Reboot 2 強制空冷なら可能

しばらく停止していたRaspberry Pi 3 Model B (RPi3)でReal Time Streaming Protocol (rtsp)で配信される監視カメラ画像をモニターさせるプロジェクトのリブートですが,停止していた主な理由は,RPi3およびRPi3+ (Raspberry Pi 3 Model B+)の冷却機能強化のためのパーツ待ちでした.

それで,中国の通販サイトに2種類のものを注文して先日届いたのですが,どうにもこうにもで,使い物にならないかとあきらめかけましたが,ようやくひとつがRPi3のほうに装着できました.

強制空冷の効果は絶大です.

ファンなしで,ケースのオマケに付いてきたヒートシンクを付けた状態で,ManjaroARMのxfceのデスクトップが表示され安定した状態でCPUの温度は80℃を超えます1元の記録が見つかりません😓 ManjarARM xfceでなくて,KDE Plasma Desktopを使用したときの話かもしれません.

VLCを起動してrtspのカメラに接続したら,しばしば画面がブラックアウト2CPUの温度が85℃を超えたと思われます.して使い物になりませんでした.

この強制空冷の装置を付けたら,デスクトップが表示されて安定した状態でCPUの温度は60℃前後です.VLCでrtspのカメラに接続して,ライブ映像をモニターしても,CPUの温度は60℃台半ばで,85℃まで十分余裕があります.

ただ,問題はこの手のファンは遅かれ早かれ早かれ必ず止まりますので,注意して使い,ファンが壊れたあとのことも考えておかなければなりません.

結局なんだかんだでRPi3+用は買い直さなければならないので,中国から買うより割高になりますが,Amazonの出店者に,パッシブなケース全体で放熱するタイプのものを注文してみました.

RPi3でRTSPを見る: Rebootシリーズ

絶望的な日本のICT

患者の全数把握が無理な理由が,「コンピューターへの患者のデータの手入力の手間」って,完全に終わってますね.

しかも,その対策は,「入力項目を減らす」とは😓

そういえば,ときどき通うあるクリニックでは,マイナンバーカード読み取り機があるのですが,その装置の正面の全面に,マイナンバーカードとは関係のない患者宛の何かの注意書きの紙を貼って,使えなくしてます.

ちょいと調べると,資格確認の義務化は来年4月からだから,文句は言えないのかな.

なんか,ICT技術を積極的に使って省力化したり,匿名化したビッグデータを活用していくって方向でないのが悲しいです.

Debianのhttpdの設定ってなんであんなに複雑化したんだろう

タイトルのまんまですが,/etc/apache2/sites-available/ 内に設定を書いて,

a2ensite そのファイル名

で, /etc/apache2/sites-enabed/ 内にsymlinkを張って,

systemctl restart apache2

でhttpdを再起動して新しい設定を有効化する,なんて手順が必要なのは,どういう発想からそうなったのか,全く理解できません.

もう一つ挙げると,デフォルトで,公開しているディレクトリーのサブディレクトリー内を閲覧できてしまうのもどうかと思います.

その他の利便性が,これらの不便さを今のところ補ってあまりあるので,Debianで行くという方針は変更しません.

久しぶりに窓を開けて涼しい風が

ここのところの暑さで,生きているだけで精一杯な状況が続いています.

それでも雑草は繁茂し続けるので,今週は2度ほど草刈りなどの外作業をしました.いずれも小一時間ほどで命の危険を感じて撤収し,水分を摂取してぬるいシャワーを浴び,涼しい部屋で過ごすことで回復しました.たぶん軽度の熱中症になっていたと思います.

また今週は,わが家で稼働可能な4台のエアコンが全部稼働していて,電気代の単価が上がる中,一体電請求額がいくらになるのか恐ろしいです.

そんな中,今朝12022年8月4日(木)の朝.は,久しぶりに窓を開けて涼しい風が入ってきました.最低気温も5:20現在22.7°Cまで下がりました2当地最寄りのアメダス観測データによる

この冷気は東北地方に災害をもたらした前線が南下して運んできたもののようで,単純には喜べませんが,命が救われる思いです.