復活しました(Nuro光)

Nuro光が開通しました.

事前の調査で,ちらほらプレビューにあったのですが,auギガビット光より,速くはないです.

測定品質が低いのが気になります.こちらのPCのLANインターフェースがくたびれてきたのかもしれません(ときどき,Link down/upがログに残ってます.)

20141206nuro

しばらくシステムダウン

11月30日をもって,現在のプロバイダーとの契約が終了します.

次のプロバイダーは手配中なんですが,こちらが申し込みのWebサイトに正しく入力した住所が,一体全体どうすると工事担当に間違って伝わるか,全く理解不能なんですが1まさか,コンピーターの画面を手書きで写している?,そういう,バカバカしい理由で,段取りがつかず,つなぎ目なしで,つぎのプロバイダーの開通とはいきませんでした.

ということで,11月30日から,いったいいつまでになるか解りませんが,しばらく当サイトは休止いたします.

追記(2014年11月30日(日))

今朝,Nuro光開通センターから連絡があり,開通は12月6日(土)午後と決まりました.一週間のご無沙汰となります.

電話から工事が一週間ということは,最初の電話で段取りができれば,ダウンタイムはほとんどなくて済んだんですね.

まあ,しょうがない^^;:

KVM (7) 完成

一週間前に,「ほぼ思った通りに」と書きましたが,その”ほぼ”に含まれない部分が実は重大でして,解決するのに一週間かかりました^^;

ホストのDNSサーバーにつながらないのです.解ってしまえば,どうってこと無いのですが,named.confのviewの設定でアクセスを”localnet”だけにするのが普通ですが,ホストから見たKVMのネットは,localnetに含まれません.そこで,

view "inside" {
        match-clients { localnet; 192.168.122.0/24; };

のようにする必要がありました.

あとは,得意のiptablesで,LAN内はIP NAT, 外向きには,IP Masqueradingでさくさくです^^;

ようやく,ゲストOSの本格的なセッティングに取りかかれます.

が,しばらくネットにつながらない^^;

eps2eps

今夜は,寺脇君の2時間ドラマを見ながら,QSLカードの印刷で悩みました.

QSLの記入面は,CSVの印刷データを,自作のPerlスクリプトで処理し,enscriptにかけてPS化し,さらにps2pdfや,Adobe DistillerでPDF化して,目視で確認した後,プリンターにかけます.

enscriptは多国語に対応してなくて,基本的にはASCIIのみ,なのですが,日本語などのできあいのEPSを固定の差し込みデータとして読み込むことができます.日本語は,住所氏名などの固定データだけですむので,Adobe Illustrator等であらかじめ作ったEPSを読み込んで印刷してました.

今夜,QSLカードを少々印刷をしたのですが,印刷してから,自分のホームページのURLが前のままになっていることに気がつきました.

そこで,読み込むべきEPSの編集をしたのですが,編集後のEPSファイルでは,enscriptがエラーを吐いてインクルードできず,PSを作ってくれません.

で,2時間ドラマを見ながらいろいろやったんですが,どうも,Illustratorの出力するEPSがバイナリーデータなので具合が悪いようです1一言で,EPSといっても,バイナリーのものと,ASCIIのみのものがあるようです.以前のIllustratorはASCIIで保存するオプションがあったんだと思います.使えてましたから^^;.ImageMagicのツール(convert)や,IllustratorでPSを保存して,それからEPSを作るようなことをしてみましたが,うまくいきません.

結論的には,eps2epsという,Ghostsriptに付属してるツールで,バイナリーのEPSをASCIIのみのEPSに変換してくれました.問題なくenscriptでインクルードできました.めでたしめでたし.

子供の痛ましい事故等に心が痛む

うちは三人子供を育てましたが,一番下が大学生になってしまった今では,もっぱら昔の写真を見て子供のかわいかった頃を振り返って,慰めにしています^^;

男の子はまあ,幼稚園の年中くらいまででしょうか,賞味期限は^^; 女の子は小学校の低学年くらいまではかわいいです.ただし,よその子は同年代でもちっともかわいくないんですが^^;;

そうやって懐古して現実逃避している訳ですが,子供たちの小さくてかわいかった頃を懐かしんでいると,ふと,幼い子供が巻き込まれた痛ましい事故や事件,海外の子供たちの悲惨な状況などが思い出されてしまい,かえって心が痛んでしまうことがあります.

中でも,一番辛いのは,小さい子供が転んで割り箸が口から脳に刺さって,救急医がそれを見つけられず,その子は翌日かなんかに亡くなった事故を思い出すことです.なぜか,次男が二歳くらいのある写真を見るたびにその事故を思い出します.完全に頭の中で関連づけられてしまっているようです.あの頃の次男がもし,そんな事故にあい,しかも,医師が見過ごして亡くなるようなことが起きていたら,たぶん生きる希望をなくしていたかもしれません.

そういうことを事件が報じられた頃,当該の写真を見ながら何度か思ったんでしょうね.

それから,最近,バングラデシュの児童労働の実態のドキュメンタリーと,イスラム国の少女の人身売買のニュースを見て,また,心を痛めています.