まさかの “失恋” (2) パンドラの箱

データ化した古い日記ですが,確認したいことがあって最近になって書き始めの大学入学時からその失恋を含む大学院(修士課程)修了まで1読み直しました.失恋については既に内容が分かっているし気持ちの整理も付いたので新たな食欲低下など顕著な症状は起きませんでした.

ところがです.2人の女性を傷つけた2ことを再確認してしまい,気分が落ち込みました.まさにパンドラの箱です.

1人目は詳しいことは書けませんが,全く私が悪いのです.強いて言い訳をするとタイミングが悪すぎたということですが,そんなことはその女性は知る由もありません.ただただ申し訳なく思います.

もう1人については,期待に添えず,結果的に傷つけてしまった可能性がある3ということです.

高校2年の時ですが,男女5人(うち女子2名.AさんBさんとします)の仲の良いグループに私も属していました.休み時間や昼食時に教室でだべるのが主でしたが,何回か皆で休日に出かけたりもしました.私は高校時代かなり多くの女性にほのかな恋心を持ったものですが,グループの2人も例外ではないです.

最後に皆で会ったのはそのうちの1人(男子C君)が入った大学にみんなで行ったときで大学1年の時だったと思います.

実は後にAさんはグループのもう1人の男子D君と結婚したのでした.私はD君をずっと親友だと思っていますし,2人が結婚したことはずいぶん後で知ったのですが心の底から祝福したい気持ちになりました4.そういうグループの仲間の距離感でした.

私は大学3年になるときに親の都合で引っ越しをしました.それを知っていたのはグループでは年賀状の交換が続いていたD君だけです.離れた市に引っ越し,利用する鉄道の路線も変わりました.

それから2年後,私は大学院の修士課程にすすみ,東京に下宿していました.修士1年(M1)の夏に少し思い出して,Aさんには暑中見舞いを出しました.返事はもらいましたが,それまででした.

Bさんは後からしてみると,高校時代の女性の中で一番心に残った人なのですが,なぜAさんには連絡してBさんに連絡しなかったのかというと,Bさんが高3のときに,私のあまり好きでないFと付き合っていたのを知っていたからです.Fとは高3の時にクラスが同じでいろいろ話もしたし,私はあまり好きではないと思いつつもそこそこ仲が良かったのかもしれません.また,Fは私と違ってファッションに気を使うようなタイプでした.嫉妬なのでしょうか,相当バイアスがかかっていたのだと思います.

M2の夏でしたが,就職先も自分の心の中では決めて5,短い夏休みを自宅で過ごすため東京の下宿から家に帰りました.何回か乗り換えをして最後に家の最寄り駅まで行く鉄道に乗りました.実はその路線はBさんも利用する路線でした.しかし電車に乗るときはそんなことは考えもしませんでした.それが,5年ぶり6にBさんと車内でばったり会ったのです.いうなれば奇跡の再会です7.短い時間でしたが,楽しく話をした印象が残っています.彼女の妹さんが出産して赤ちゃんがかわいいというような話をしてくれたのを今でも覚えています.

また印象からですが,このときFとまだ付き合っていたとは思えませんでした8

なぜ今回,日記を読み返したのかというと,私の今の心には高校時代一緒に外出したときの彼女のかわいらしい印象と,その5年ぶりの奇跡的ともいえる再会での彼女の明るく語る印象が残っているにもかかわらず,なぜなにもアクションを起こさなかったのかを確認するためです.

M2の夏ですから修論を仕上げるためにこれからは大詰めの実験を行いまとめていく,就職にしても行き先は決めたのであとは多少の儀式や手続きが残るという状況で忙しくはありますが,どちらも方向性は決まっていてまっすぐ進むだけで気持ちに余裕が全くなかった訳ではありません.

日記の中にその時Bさんと再会したときの記述を見つけました.奇跡の再会にもかかわらず,記述はあっさりしていて,しかも私の心に残っている印象とは真逆のけなすような言葉が書かれていました.

たぶん,私の気持ちとしてはAさんもBさんも友だちではなく恋愛の可能性のある人だったのだと思います.それでBさんとFとの関係を知って以来その可能性のない,なんでもない人になってしまっていたのでしょう.

ところが,それは当時の表面的な気持ちで,実は後々までもこのときの再会は温かい思い出として残っていて,Bさんへの思いは深層心理では続いていたのです.

もちろんBさんとしても,昔の友人とばったり出会った程度の認識だけだったかもしれません.しかし,もし彼女がそれよりもう少し期待をしてくれていたのだったらと思うと,電車で会っただけにしてしまったことに,この日記を読んでから後悔の念が沸き起こりました.私としては少なくとも1度食事に誘う様なことがあって良かったと思います. “友だち” ならばなおさらそうでしょう9.そして,もう少し話をすれば彼女の状況や気持ちも分かったはずですし,私の思い込みもほぐれ,少なくとも今さら後悔することもなかったと思います.その先関係が発展した可能性だってあります.

高校卒業後何十周年の同窓会で会った時にはどうもBさんは独身であるようだったのです.あいさつして短い会話は交わしましたが,結婚しているのかまでは聞けませんでした.また,Fとはもう少し多く話をしましたが,少なくともその時点でBさんと全く関係がないようでした.

もし,Bさんがどこのだれかとでも結婚していれば今後悔することもなかったでしょう.

しかしこの後悔は私のうぬぼれに基づくだけの可能性も高いです.AI chatを使って敢えてBさんの立場からして考えられるケースを挙げてもらいました.

“友人” と久しぶりに思わぬ場所で会ったので驚いたが,少しの時間近況報告をしたまで.

それが一番ありそうです.私としてもそういうことなら気が楽です.

万一ユーザーさん(私)に対して何か期待があれば,別れ際に何か一言あっても良かったし,あとでAさんやD君に聞くなどしてユーザーさんの連絡先を探ることがあっても良かったでしょう.

そうなんですが,そうはいわれても,Bさんがそういうことをする性格ではないだろうと言うことも知っています.ということで期待を持たれた可能性は完全には否定できません.

それでため息ばかり出る状態が少し続きました.なぜ何も行動しなかったのか,というよりも,なぜ行動することさえ考えなかったのか,というのが今回日記を読み返して沸き起こった最大の後悔です. “友だち” に対してあまりに冷たい行動でした.

ただ,失恋したわけではないので,体調への大きな影響などはありませんでした.

大学〜大学院時代の日記には女性に関することが多く書かれています.しかし,M2の夏のBさんとの再会以降は女性は出てきません.

日記はこのあと就職してから結婚するまで続きますが,さらに恐ろしい事実を突きつけられる可能性があるので,もう読まないことにします.

  1. 約6年間分. ↩︎
  2. 「可能性がある」を含む. ↩︎
  3. ただし,私の心証からすれば可能性は高い. ↩︎
  4. 若干のうらやましい気持ちはありましたが. ↩︎
  5. 実際に就職しました. ↩︎
  6. C君の大学に一緒に行ってからまる5年. ↩︎
  7. 特に私が引っ越したことを知らないBさんからすると,まさか私がこの電車に乗ってくるとは思わなかったはずです. ↩︎
  8. 続いていれば6年ですから結婚という話もあるはずで,それはそれで話してくれたはずです. ↩︎
  9. “友だち” なのに連絡先の交換もしなかった. ↩︎

まさかの “失恋”

いやー,実に参りました.

今年の1月に断捨離として若い頃の日記を処分しました.ただ処分してしまえば良かったのかもしれません.それができず全ページドキュメントスキャナーにかけてデータとして残しておきました.

それからしばらく忘れていましたが,4月に入ってから詳細は書けませんがさる事情によりその日記の中の大学時代の失恋のところを読んだのです.たぶん何十年ぶり,ひょっとすると書いて以来かもしれません.

そうしたら,食欲の低下,何かをしなければいけないと焦る気持ち(焦燥感)と睡眠障害が起こりました.

後で調べたらいろいろ分かってきましたが,これらの症状は失恋の時の代表的な症状です.他にも胸の痛みや虚無感などいろいろあるようですが,私の主なものはこの3つでした.失恋を再体験してしまったようです.

たまたま先日Eテレ「ヴィランの言い分」で失恋を取り上げていて,何かのきっかけで失恋時と同じ症状が起こることはよくあるようです.

そんなわけでこの歳で人生n度目の失恋を味わいました.

症状のうち食欲低下は顕著で,最初の3日間は普段の半分食べるのがやっとでした.食欲は徐々に回復し今は普通に戻っています.体重は “失恋” の前までは通常より2.5kg以上増えていたのですが,それが通常状態に戻りました.また,2.5kg増えた原因である口寂しいとスナック菓子を食べるという悪習慣が絶てました.体重だけに関していえばめでたしめでたしです.

睡眠についてはもともと乱れやすく,かかりつけ医にデエビゴを処方してもらっています.それでもこの日記を読む前までは平均7時間強と比較的良好でした.それが今回 “失恋” してからは朝3時前後に目が覚めて以後寝付けず,平均すると4時間半くらいの睡眠時間になってしまいました.一番ひどいときは1時間5分というとこもありました.

精神状態や他の症状はほぼ解決したのですが,この睡眠不足は未だに引きずっています.

もう一つの焦燥感ですが,この気持ちに駆られてその相手に連絡を試みました.知っているのは大昔の住所と電話番号です.それでもなんやかんやあって連絡が取れました.元気に今も活躍しているようで,とてもうれしいです.今度遊びに来てねと言うのでそれを真に受けて遊びに行くことにしました.日程的にいろいろあってもう少し先なのですが,BLOGに書ける範囲で報告したいと思います.

今回,いろいろ気持ちの整理をするに当たってはGeminiが非常に役に立ちました.

教科書を買い忘れた夢

高校時代,大学時代の夢はよく見ます.今朝見たのは高校時代の夢です.

新学期が始まって教室に入ったのだけれども自分は教科書をまだ買っていないのです1.教室は薄暗いですが,右手の廊下の奥から先生が機捜なので高校時代の校舎です.

友達に見せてもらうわけにも行かず,書店に買いに出かけることにします.実際には出ていないのですが校庭から書店への道の様子は小学校に似ています.

お金はどうするのかと誰かから聞かれたら「クレジットカードで払う」と答えました2

これだけなのですが,これまで見てきた高校・大学時代の夢との共通性は,何かのミスで単位を取りそこないそうだ,という所です.

高校や大学で単位を取りそこない卒業できなくなりそうになります.そして夢の中で,「これでは大学(院)を卒業(修了)した事実は取り消しになるな」と思うのです.

  1. 今考えれば教科書が新しくなるのは新学年ですが,夢の中では学年は同じ新学期と認識していました. ↩︎
  2. 高校生ではクレジットカードがもてないことを海外旅行をする高校生の親として2度経験しています. ↩︎

トイレを探す夢

よく見る夢のひとつが標記のトイレを探す夢です.トイレと言っても小用のほうです.明け方だんだん眠りが浅くなり,膀胱に尿がたまってきたところで夢を見るからそういう内容になるのだと思います.幸いなことに就寝してから途中でトイレに起きることはなく朝まで持ちます😓

旅館かホテル(といっても温泉街のホテル)の中だけど建物は複雑な構造(温泉旅館・ホテル特有の増築の繰り返し)で,人は多かったり少なかったり,大きな飲み屋が入っている,トイレがあってもスペースがなかったり汚かったり変な人がいる,ぼろい建物の2階で下が広い構造になっている変なトイレなどなどおそらく現実に行ったことのある(もしくはテレビで見た)場面がつぎはぎされて構成されているのだと思います.小学校だったりすることもありますが,旅館かホテル内の設定が一番多いように思います.

そしてこの夢の辛いのは,結局トイレで用を足せないまま,目が覚めることです.夢の中で用を足せてしまったら,それはまたたいへんなことになりますが😓

久々に変な夢

今朝は,4時頃にうなされて目が覚めました.

精神状態が変な男が谷底から,私を含む大人数名を襲おうと駆け上がってくるのですが,急坂の上にいる利を活かして,棒や厚い板で応戦していました.

警察を呼ぶことになり,警察官が来るまで逃げ回っていたら,いつの間にか武蔵野線の高架の駅1高架の駅ですが,現実世界のどの駅でもないと思います,に入りました.

ほどなく警察官が数名来るのですが,なかなかその犯人を取り押さえられず,私たちは逃げ続けます.いつの間にか犯人は日本刀を振り回しはじめました.私たちが逃げている駅は武蔵野線の終点2もちろん,現実世界の終点の府中本町ではないです.で,ホームの端には高い壁があり,乗り越えて逃げようとしている頃に目が覚めました.

なぜ,日本刀を持った犯人に対して警察官たちは銃を使用しないのだろうと思ったのですが,これは目が覚めてから考えたか,夢の続きか今となっては解りません.

昨夜,録画したビデオの整理を終えて,NHKのニュースを見ようかと,NHK総合にしたところ,ちょうど「青天を衝け」の堤真一演じるところの円四郎が暗殺されるところでした.よい子の見ている時間にしては過激な血しぶきが飛ぶシーンで,これが脳裏に焼き付いていたようです.

関連して😓 オスロで見た,ヘルシンキのデモに加わっていた一人の青年が警官の銃に撃たれて,最初は比較的元気で撃たれた箇所などを仲間に示していたのに,だんだん元気がなくなり,最後はぐたっとしてしまうニュースのシーンを思い出しました.後のニュースで彼は亡くなったとのことを知りました.