赤毛のアン

100分 de 名著は,たいてい見ています.今月は「赤毛のアン」で,珍しく読んだことのある本です.数年前にも再読しました.

残念なのは,解説が茂木健一郎氏であることと,朗読の声優の感情が入りすぎている点です.彼女はミュージカルでアンを演じたこともあるそうですが,ミュージカルの出演者とか,アニメや海外映画の吹き替えの声優は,いくら何でもと思うほど感情入れすぎと思います.そういうものなんでしょうけど,どうも好きになれません.

番組でときどき紹介される映画(実写)のシーンでのアンは,ずっと抑えた,というか自然な演技をしていて朗読と対極をなしています.

これは外国映画・ドラマでしばしば経験しますが,日本語の吹き替えでは男声も女声も,声優のビンビン張った声になっていますが,オリジナルの音声を聞くと,たいてい低くてぼそぼそ言ってます^^;

それはおいておくにして,今回感じたのは,「赤毛のアン」という題が実に的確であると言うことです.アンの人格形成において赤毛であるということが重大な影響を与えている,というのは茂木氏に解説されなくても解っていますが,再認識しました.

原題は “Anne of Green Gables”ですが,これも「赤毛のアン」の英訳にしたほうが良かったんじゃないかと思いました.

どうでもいい話ですが,これまで司会だった島津有理子アナウンサーはNHKを退職したそうで,この「アン」から,安部みちこアナウンサーに代わっています.

命を狙われるかも知れないので名前は書きません^^;

NHKミステリースペシャル「満願」

標記のドラマの第1話と第2話を見ました.原作は米澤穂信という40歳そこそこの作家のようで,これまで映画化・ドラマ化された作品が数本あるようですが,どれも見たことがありませんし,小説も読んだことはありません.

そんなわけで,初めて宮部みゆきや湊かなえ原作のドラマを見たときのような新鮮な感動があるかなと期待していました.そういう意味では,強烈な印象はないものの話の展開の仕方に新しさは感じました.

しかし,話が暗すぎますね.人殺しの話ですから,さわやかな訳はないですが,特に第2話で,新人刑事を結果的にいじめ殺したエピソードは必要だったでしょうか.警察官にむかない人がいるっていう前例を示し,かつ,安田顕演じる主人公が刑事課から地域課に配置換えの原因となったという一石二鳥な「アイデア」なんでしょうけど,ハラスメントや過労死は今日,人を死に追いやる最悪の方法の一つなので,伏線に使うには重苦しすぎると思います.

今夜の第3話(最終話)では主な出演者では寺島進以外はあんまり好きじゃないので,録画して後で気が向いたら見ることにします.

高温の耐性リセット

昨夜のNHKニュースウォッチ9で,台風で気温がいったん下がったことにより,高温への耐性がリセットされたと救急医療に携わる医師が説明していましたが,本日はまさに実感しています.

昨日まではなんとか食欲がありましたが,今日はもうだめです.

病気腎移植

EテレのETV特集,「“悪魔の医師”か“赤ひげ”か」を見ました.

日本では死体からの臓器移植の件数が非常に少なく,救われる可能性のある命が結果的に見捨てられることになる事態が日常的に起こっています.現場でそうした状況を見続けてきた万波医師を中心とするグループが,ガン治療のため摘出した腎臓からガンを取り除き,必要な人に移植したという「事件」が12年前に起こりました.

一部のドナーとレシピエントの間で金品の授受があったので事件になり,マスコミが憶測で万波医師の関与を報じて大騒ぎになったのですが,逮捕も起訴もされませんでした.

結果的に万波医師と所属する病院が指摘されたのは,書面でのインフォームドコンセントが行われていなかったことと,手術が倫理委員会で承認されていなかったことです.まあ,後者については当時いきなり倫理委員会を開いても承認されるわけはありませんね.

当時,この事件については,上っ面の報道からしか知りませんでしたが,医学も生理学も素人ではありますが,そもそもがん細胞って臓器と一緒に移植した他人の体の中でも増えるの?っていう疑問は持っていました.

実際,その後,というか,海外ではこの手術が行われる少し前の段階で,遺伝子の検査によって,ガンを取り除いた病気腎を移植した場合,ドナーのガンに起因したガンがレシピエントで発症することはほとんどないと言うことが解ったというのです.

万波医師らが行った病気腎移植でも,結果的に,ドナーのガンに起因する,ガンがレシピアントで発症したのは,四十数例中一例のみだと言うことです.

海外では(といっても番組ではアメリカしか出ませんでしたが),病気腎移植は普通に行われていると言うことです.

日本ではようやく今年7月5日に病気腎移植の臨床試験が認められたと言うことで,この騒ぎで,世界から20年近く遅れてしまったわけです.

この番組を見て思うのは,取材された生命倫理学者のことばと全く同じです.医療者たちが,上から目線で生命倫理をないがしろにしているのではないかということです.

当時,万波医師を批判した医療者たちは,現在の考えを問われたとき,死体臓器移植を推進するのが一番だといいます.それはもちろんそうですが,待っていて間に合わず亡くなっていく患者が多数いる現実では,病気腎を利用すれば助かる命が増えるのは誰が考えても当たり前です.

透析患者本人や家族の過酷な現実や,腎移植をしても,貰った腎臓が機能しなくなることが少なくないことも,この番組で初めてしました.

上から見ている人たちには,「大義」のために100が101になってもたいしたことはないかも知れませんが,その”1″も家族も友人も同僚もいる一人の人生なのです.

一人でも救える可能性がある医療をなぜ真っ向から否定するのか.使える可能性のある摘出された臓器をなぜ廃棄してしまうのか.当時,万波医師を批判した人たちからこれに対する明確な回答や,ましてや反省は全く聞かれませんでした.

万波医師は,医者になったきっかけは,食いっぱぐれがないし,サラリーマンのように人に使われる仕事は嫌だっただけだといいましたが,この小一時間の番組でしか見て取れませんが,医師としても人としても,たぐいまれな人格者だと思いました.

追記(2022/11/11)

万波医師は,先月(2022/10/14)亡くなったそうです.ご冥福を祈ります.

大人げない人々

日曜日,何気なくビートたけしのTVタックルを見ていたら,日本各地の温泉地で廃墟が景観を壊して,観光地としての価値を下げているという話題になりました.

具体例として紹介されたのは,会津若松市の東山温泉で,なんと4年前に泊まった旅館の界隈の話でした.

くつろぎ宿新滝のロビー(2014年4月筆者撮影)

この旅館の川の対岸には明治に創業した旅館があり,ずいぶん前に旅館は廃業したけれど,一昨年まで経営者が住んでいたので,その間は「空き家」ではなかったそうです.

そういうわけで私たちが泊まった時には既に実質的には廃墟そのものでしたが,法令上は現住建造物だったようです.

ビートたけしのTVタックルの一場面(2018/06/10放送 TV朝日から)

2014年4月筆者撮影

その後(昨年か一昨年),経営者が土地と建物を市に寄贈したけれど,市には解体する予算がない(仮にここを解体整地する予算があったとしても,ここもあちらもということになるので出せない)ので,市と旅館業組合と私たちが泊まった旅館とで話し合った結果,泊まった旅館が費用3000万円を拠出するということになり,現在解体工事が行われているとのことです.

私たちが泊まった時も確かにこの廃墟は,景観を損ねてひどいものだと思いましたが,そこは大人なので心にとどめておきました.しかし,出演していた旅館のオーナーによれば,客から苦情がない日はないほどだそうです.

対岸の廃墟の文句言われてもねぇ.

2018年6月10日(日)
くつろぎ宿新滝