自分の子供で「あっという間」と言うのはおかしな感覚だと思う

某求人サイトのテレビCMで、自分の子供が赤ちゃんだと思ってたらあっという間に小学生と言うようなことを母親が言っている設定になっていますが、孫や、親戚・友人・知人の子供でなくて自分の子供があっという間というのは親としてはおかしな感覚だと思います。

少なくとも個人の感想としては、毎日毎日大変な日々の積み重ねで、あっという間だと感じた事は1度もありません。三人子育てしましたが。

特に乳幼児期は親にとっても新しい経験ばかりだし、子供の健康上の心配もあり、実際に問題が起きたりもしますので、時間的に一番濃密だったと思います。

自分の子供で「あっという間」という感覚があるとしたらよほど子育てに関わらない仕事人間または道楽人間の “父親” かなぁと推測します。多分このCMの脚本を書いた人がそういう人だったんでしょう。

他人事の立場.
重ね重ね母親ではあり得ないと思います.

Railway Story オーストラリア編

数日前,いつも朝は早いのですが,さらに早く目覚めたので時間つぶしにビデオを見ました.このときはどういうわけか気が向いて録りだめてあった(=録るには録ったけど見る気がしなかった) “G’Dayオーストラリア” の現在までの放送分全部と,Railway Storyのオーストラリア編を見ました.

Railway StoryはWOWOW制作で,Wikipediaを見ると,オーストラリア編は多数あるようですが,録ってあったのはその中の “オーストラリアの大地を行く” のPart 1, 2です.たぶんMX-TVの放送で1年くらい前に録っておいたのだと思います.

Part 1ではシドニーからKatoombaまで普通の通勤型電車で行き,Blue Mountains の観光地をざっと紹介した後に,Zig Zag Railwayを紹介します.

Blue Mountainsは1997年3月に,自宅のあるGordonから自家用車で行きました .一泊二日で, Leura House というゲストハウスに泊まりました.

お約束のThree Sisters (1997年3月撮影)
2006年11月に上空から撮影したBlue Mounains.この年のオーストラリアは山火事がひどく,複数箇所から白い煙が上がっている.

番組の話に戻りますが,冒頭のダイジェストにQueensland Rail (QR)の車両が出たのでアサートン台地のQRの観光路線を紹介するのかと思ったら,なんとZig Zag RailwayにQRの車両をこの番組の取材時(初回の放送が2012年だったらしいのでその数年前でしょう)には使用していたようです.

Zig Zag Railwayの詳細はWikipedia等に詳しく書いてありますが,かつてSydneyから西へ延びる鉄道が高原に上がるために敷設したスイッチバックのある文字通りのジグザグな鉄道です.後にスイッチバックなしに高原に上がる路線ができたので廃線となりましたが,さらにその後ボランティアたちが復興させて現在も運営を続けている観光鉄道です.

1997年当時Zig Zag Railwayについては何も事前の知識無しにたまたま高原をモータースポーツで有名なBathurst方面にドライブしていたら見つけて利用したのでした.たまたまなのか,当時はいつもなのか解りませんが,SLによる運行で非常に貴重な体験ができました.しかし,トンネルに入ると煙もともかく真っ黒な石炭の粉塵が車内に入ってきて,これは廃れるべくして廃れたなと実感したものです.途中で持参していた8mmビデオカメラが故障してしまいました.タイミングがタイミングなので,SLの煙や粉塵によると思いますが,今となっては解りません.

Zig Zag RailwayのSL (1997年3月)

また番組に戻りますが,番組ではSLについては一切触れず,QRの年季の入ったディーゼル列車での運行でした.1987年にケアンズ周辺を観光して,鉄道でAtherton高原の入り口である今では日本でも観光地として有名なKurandaに行きました.当時は高原に観光用でない通勤通学生活用鉄道が走っていて,Kuranda駅で発車待ちの列車を見た記憶があります.それがこの番組で紹介されたQRのディーゼル列車と同じ型であったようななかったような,鉄ちゃんではないので今となっては何ともはっきりしたことは言えません😓 いずれにしてもQRの古い列車を見ると懐かしい気持ちが呼び起こされます.

QRの列車についてはもうひとつ因縁があります😓 1998年に家族旅行する前にたまたまNHKで見た Undara Lava Tubeの番組に関心を持ちツアーに参加しようと検討して,実際に観光施設に問い合わせも入れたのですが,残念ながら幼少の子供たちを連れていくのは無理と判断して訪問をあきらめたのでした.そのツアーの目玉のひとつが The Sabannahlanderという大自然の中を走る鉄道の旅です.Undara Lava Tube一帯はQueensland州の奥地で,列車もQRのものでした(実際にQRが運行しているのかどうかは解りません).

そうしたQRの車両について一言も触れなかったところを見ると,Railway Storyの取材班は素人集団のようだと思いましたが,思い入れがあるのは私の勝手なのでしょうがないですね.

しかし,アデレードとダーウィンを結ぶThe Ghanの旅を紹介したPart 2では,な,なんと,終着駅のDarwinに到着するシーンがなかったのです.これは鉄道だけでなく番組作りについても素人なんじゃないかと思わせるほどの大失態でした.

Part 1に戻りますが,Katoombaから西に進むのではなく一旦シドニーのSydney Central Stationに戻り,周囲を紹介します.取り上げたのは由緒ある教会でしたが,それよりちらっと映った駅前にあるUniversity of Technology Sydney (UTS)のほうが目にとまりました.2006年11月に「業務」で訪問したのでした.そして,シドニー在住時大変お世話になったご家族のお嬢さんの出身校でもあります.

ちなみにこの大学は,Times Higher EducationのWorld University Rankings 2023で133位と,日本のたいていの大学(東大・京大以外全部😓)よりずっと上のランクです.

2006年に訪問したUTSの本部と思われる建物.どうもこの頃使っていたカメラ(いわゆるコンデジ)が良くなくて,雰囲気が解る写真はみんなピンボケなので,やむなく建物の外観の写真を掲げます.

さて番組では特急列車に乗ってメルボルン(Melbourne) に行きました.メルボルンには残念ながらそれほど縁がなく,2回訪問しただけです.2006年11月のシドニーの業務の続きでメルボルンを訪問した時は,番組で紹介された Southern Cross Station の徒歩圏内のホテルに泊まりましたから,それだけでも懐かしく感じました.

Southern Cross駅 (2006年11月撮影)
1983年に訪れたMelbourne郊外の名所Como House and Garden

そして,Adelaide に行きます.Adelaide も訪問回数は都合3回に過ぎませんが,友人のJohn一家によくしてもらって,いろいろ思い出深いです.

番組で紹介された中では特にCentral Marketが2000年に訪問したときそのままの雰囲気でした.

Adelaide Central Market (2000年11月)

Part 2はアデレードからThe Ghanに乗り,Alice SpringsKatherineで途中下車をして街や周辺の観光を紹介します.Alice Springsには1983年と1987年の観光旅行で訪れました.当時よりは派手になった印象です.

Royal Flying Doctor Serviceの歴史的建物.

The GhanはAlice Springs,Katherineを経て終着のDarwinに向かいます.KatherineとDarwinにはいったことがなくいつか行ってみたいと思っています.Katherineの観光の紹介はありましたが,なんとDarwin駅にはRailway StoryのThe Ghanは到着せず,当然街の紹介もなしに終わりました.なんとも残念この上ないです.

詳しくは覚えていないのですが1987年にシドニーのホテルから日帰りのバスツアーでも訪れたはずです.
リンク先は同じ場所の同じ施設ですが,利用した当時と経営・運営が同じかどうかは解りません.
日本語表記では「キュランダ」が多いですが,個人的には現地の人からは「クランダ」と聞いた記憶しかありません.多分「キュランダ」は綴りの中でも“u”は例外なく“you”と発音するアメリカ系の発音なんじゃないでしょうか.知らんけど.
たぶん昨年亡くなった渡辺徹がナレーションをしている「地球ドラマチック」.あとで確認します.
リンク先の写真を見る限り,Sabannahlanderの車両とZig Zag Railwayの車両はエンブレムが異なります.
友人はいて,長男が高校時代2週間泊めてもらいました.

インフレ・デフレによる実質的な円安効果

日本の賃金水準はこの30年間変わらず,先進諸国には大きく水をあけられ,韓国にも抜かれてしまいました.

ただし物価も上がらなかったので国内で生活している分には,30年間絶え間なく上がり続けている社会保障の費用以外はあまり影響はありませんでした(というほど社会保障費の値上がりは小さくなかったですが).

仮に社会保障費のことは置いておいたとして,日本の物価も賃金も上がらず,A国の物価と賃金はそれぞれ2倍になったとします.そして為替レートは変わらなかったとすると,日本人がA国を旅行したりA国のものを買う場合2倍の金を払わないといけません.A国の人が日本に来たら,支払う金額は従前と変わらないとしても,自国の賃金水準・物価水準に照らして半分の支出で同じものを買い,同じサービスを受けられると言えます

ということは実質的に為替レートが2倍になったということです.

そう,日本の円の購買力は為替レートはそれほど変わらないのにこの30年間の賃金維持で大きく損なわれたわけです.

からやや下げ.
個人的には,2006年のオーストラリア出張で実感というか痛感しました.

少子化対策の財源は消費税上げとはいかにも日経らしい

昨夜(2023年1月18日)放送のテレビ東京のニュースバラエティーで,日経の編集委員が少子化や若者の経済的状況の改善のために消費税を上げて財源にしろって提言していました.

若い人たちの経済的問題の根幹の1つは格差であるのに,逆進性でより格差を広げる効果のある消費税を上げて少子化の対策に使うなんてまさに愚の骨頂です.

また消費税率を上げて一番儲かるのが輸出企業です.さすが財界の代弁者の新聞だと感じました.

親や本人の.

今年も残すところわずか (11ヶ月半を切りました)

2023年1月も既に半分が終りました

個人的な印象としては,ついこないだ年末年始だったのにと言うような印象はありません.我が家には人間が勝手に付けた時間の目盛りが変わった位で大騒ぎするような習慣がないからかも知れません.年末年始も比較的淡々と日々の生活を積み上げていってます.

だんだん歳をとってくると健康上の不安もありますし, “体力” というか体の柔軟性やバランス感覚が衰えてきた感じがあります.もともと生活に必要以上な無駄な筋力や持久力は無く,今でも必要とも思っていません.しかし,年末年始に知人や,知人の家族等の複数の人が骨に大きなダメージがあるような転倒事故を起こしたと聞き,柔軟性やバランスは大事だなぁと感じています.

経済的には現役時代とは比較にならないほど厳しい状況です.最低限の生活費はなんとかやりくりできますが,それでもやむを得ない事情で大きな出費が必要となることがあり,現役時代に欲しいものも買わず,行きたい旅行にも行かず,何とかやりくりして残した預貯金を取り崩してしのいでいます.

その現役時代でも子供たちが大学、大学院に通ったり,(私費)留学をしている時期に,大きく預貯金を減らしました.この時期の親を大きく助成するか,大学,大学院は当然のことながら無償化して,その上に学生本人の生活を支援するか,そのどちらか,好ましくは両方の支援をしないと,老後に2千万円必要となる親たちが潰れます

現在主流になった定年間近(=子供が高等教育を受ける時期)の勤労者の賃金上昇を抑制したり下げるシステムはこれからの高齢者になる人々の将来の生活と,今後の日本の科学技術の発展の両方を大きく毀損しています.

繰り返しになりますが,財界が日本の労働者の賃金抑制を言い出して,マスコミがそれを無批判に垂れ流して,自民党を中心とした与党の政策の実質的な柱にしたあたりが日本のターニングポイントだったのだと思います.

2023年1月16日(月) 12:01現在.
適正な評価ができもしない “成果主義・実力主義” 導入も.