3月15日

1996年

そんなわけで,1996年の3月の今ごろは,シドニー郊外で家を探す日々でした.泊まっていたのは,Lane Coveというシドニーの北の住宅街にあるホテルでした.今,Street Viewで見ると,存在していません😓 名前も思い出せませんが,有名な中くらいのランクのホテルのチェーンです(見つけました).

最初はちゃんとした部屋に泊まっていましたが,家がなかなか見つからない中,少しでもホテル代を節約しようと,途中で安い部屋に変えてもらいました.安い部屋は,入り口は1階ですが,奥は地下の半地下構造で,少し湿っぽかったです.

そのホテルはBYOレストランが着いていて,たいていはショッピングセンターのフードコートなどで食事をしていましたが,家が決まったかなんかで,1人で祝うためにそのレストランで食事をした際,ビールを飲もうと思い係員に聞いたら,ここはBYOだから,自分の部屋の冷蔵庫から備え付けのを持ってきてくれと言われ,なるほどそういうものかと感心したのを覚えています.

しかし,それらが3月の何日に起きたことかは写真もメモもないので全く解りません.当時はまだアナログ写真の時代で,写真が趣味だったわけでもないので,本当に振り返るのに写真がなくて困ります.

1995年

3月15日というのは,その1年前の1995年のオーストラリア出張でキャンベラにいた日でもあります.

1994年度は,同業者の間では「江戸詰」といわれるのですが,本業とは違う「役人」としての仕事をしに,東京に通っていました.その年度末に年季明けのご褒美として好きなところに出張できたのです.

それまでオーストラリアとアメリカに公私でいったことがありますが,どちらかというとオーストラリアに行きたかったです.とはいえ,仕事に関係した見学やディスカッションができそうなところを全く知りませんでした.さいわい個人的なコネで😓適当なところをアレンジしてもらいました

振り出しはシドニーでしたが,3月14日にキャンベラに移動しました.キャンベラでは,「レンタカーを借りて途中で見つけたホテルにふりで泊まる」というのをやってみたくて実践したのでした.その時のレンタカーの写真はありますが,ホテルの写真は残っていません.

そのホテルは実はユニークな形状をしていて有名だったらしいです.たしか,木造で,ドーナツ状をしていました.ずいぶん後になってそのホテルが取り壊されるというニュースをたぶんオーストラリアのメディアでたまたま見たのだと思います.今検索を試みましたが,全くひっかかりません😓 写真が1枚もないというのはなんとも残念なことです.

あとで何とか手がかりを探して,追記したいです(見つけました).

その翌日3月15日は水曜日のようですが,予定がなく,学生時代に訪問を果たせなかったTidbinbilla Nature Reserveに行ってきました.1983年の同じ3月に卒業旅行で訪れたのですが,山火事でNature Reserveが閉鎖されて,ツアーバスが入れなかったのです.

ホテルのあるキャンベラ都心から小一時間かかったと思います.Nature Reserveの入り口から一番奥にあるコアラを囲っている地域に入りました.Nature Reserve内にもコアラはいるはずですが,広い公園内の高い木に散らばっているので素人はまず見つけられません.そのため,一区画を柵で囲ってコアラをまとめて住まわせ密度を上げているようです.ですから,公園内で探すよりは見つかりますが,やはり高い木の上の方にいるので簡単には見つけられません.

そこに車を駐めた時でした,鍵をかばんごと閉じ込めてしまいました😓 鍵の閉じ込めって一生で何度もやったことはないのですが,よりによって人里離れた自然公園の一番奥まった地点でしたのでした😓

ということで,3月15日はキー閉じ込め記念日です.

たまたま,コアラを見ていた他のグループが一組いたので,その人たちに頼んで公園の入り口にある管理事務所に乗せていってもらいました.

管理事務所でレンジャーに頼んでレンタカー会社に電話をしてもらいました.

事務所近くのカンガルーやエミューを見て待っていたら,たぶん小一時間でレンタカー会社の職員が来てくれて助かりました.

たまたま写真がありましたが,せっかくだからということで樹上のコアラを見てから帰ったようです.

追記

Country Comfort Motel (Lane Cove)

見つけました.1998年か2000年にシドニーを旅行した時に,NRMAという日本のJAFに相当する会社でもらった, “Holiday Guide: Sydney Central and Greater Western Sydney” で,Lane Coveを探したらありました.

こちらは,なくなったと思ったのは場所を勘違いしていて,今も存在していることが解りました.ただし,昔とマークが変わり,名称も現在は “Comfort Inn North Shore” になっているようです.

また,半地下の部屋は,説明書きと写真の雰囲気から,ROOMSの一番下にある,Ground Floor Queen Roomと思われます.

Embassy Motel (Canberra)

Canberraのホテルも見つけました.旅行に行く時は手帳を買って持って行く習慣がかつてはあり,1995年に新調した手帳が見つかりました.日記的なことは書いてなかったですが,クレジットカードの使用記録(たぶん大口の使用のみ記録したと思います)があって, “Embassy” と書いてありました.

1995年出張の手帳から

それで検索すると見つかりました.情報は多くありません.

キャンベラは首都なので大使館が集まっている地区があり,その中にあったので “Embassy Motel” という名にしたのだと推測されます.

現在は関係ない建物が建っているようです.

1997年

3月20日の写真を探していたら,1997年3月15日の写真が見つかりました.旅行中だったので写真は多数ありましたが,画質がひどいので,一番ましなのをこちらにも掲載します.

あの折りは,Fさん,Tさんありがとうございました.
一組だけです.彼らがいなかったらたぶん管理事務所まで小一時間かけて歩かないといけませんでした.
JAFと提携しているので,いろいろな資料をただでもらえました.
昔は小鳥のマークと記憶しています.
罫線だけの小さいノート.

WAJA

アマチュア無線のアウォードにWAJAというのがあります. “Worked All Japan prefectures Award” の略のようです. 一番肝心な要素と言うべき “prefectures” が略号から落ちてしまっていて大変残念な略し方と思います😓

また,世界的に人気が高いアウォードに,DXCCというのがあります.これにちなみ,交信した国や地域でなく,訪問した国や地域の数をカウントするDXFCというのがあります.いちおうエントリーしていますが,今後,そんなに訪問国を増やせそうもないので,どちらかというと実現可能性の高いWAJAの訪問版を考えてみました.

略称は,WorkedをWalkedにすればWAJAのままです😉

それで,今までどんな都道府県を訪問したか,思い出しながら表にしてみました.都道府県の並び順は,適当てきと〜です😓

DXFCは,transitもカウントして良いことになっていますが,国内版に関しては,以前同様の「遊び」をしていた無線クラブの先輩が「宿泊」を条件していたのでそれに従います.ただし,宿泊施設でなくて,親類や友人宅の宿泊もカウントすることにします.

都道府県名最初に宿泊した時期〃都市/地域〃訪問目的など通算訪問回数(通算滞在日数)
北海道1977年7月大雪山登山4回(14日?)
青森1994年青森市と弘前市出張1回(3日)
岩手1990年夏金田一温泉学会発表1回(3日)
秋田
宮城1980年代仙台(東北大学)学会発表2回(5日)
山形1980年代蔵王スキー3回(8日?)
福島1980年代福島(飯坂温泉)学会発表7回?(16日?)
茨城1981年日立市企業見学1回(2日) 1983年から在住
栃木1999年8月那須町家族旅行1回(2日)
群馬1970年榛名山林間学校2回(5日)
埼玉1973年秩父市キャンプ計数不可能.1964〜1979年在住
東京1996年2月港区オーストラリア長期出張のため一家でオーストラリア政府指定の医療機関で健康診断を受診したその前泊1回(2日) 1958〜1964,1981〜1983年在住
千葉1960年代柏市伯父の家(宿泊施設での宿泊は経験なし)計数不可能.1979〜1981年在住
神奈川1982年?箱根町大学の研究室旅行2回(5日)
新潟1980年代苗場/かぐら・みつまたスキー3回(10日?)
山梨1981年昇仙峡大学の研究室旅行1回(3日)
長野1981年夏軽井沢町テニス5回?(15日?)
静岡1970年代伊豆高原家族旅行2回(4日)
愛知1990年頃名古屋学会発表1回(3日?)
岐阜新幹線で通過は多数.
三重1979年8月三重郡朝日町企業研修1回(18日)
富山1974年?高岡市家族旅行1回(2日)
石川金沢市1回(2日)
福井富山・石川旅行の時に通過
滋賀1982年野洲町(当時)企業見学1回(2日)
大阪1980年大阪市企業見学5回(10日)
奈良1973年奈良市修学旅行2回(4日)
和歌山
京都1973年京都市修学旅行2回(7日)
兵庫通過は複数回.伊丹市訪問もあるが宿泊はない.
鳥取
島根山口から津和野に日帰りしたことはある
岡山訪問は複数回あるが宿泊はたぶんない
広島訪問は複数回あるが宿泊はたぶんない
山口1970年代大和町(現在の光市)法事で親類の家に宿泊6回(14日?)
香川
徳島
愛媛2006年7月新居浜市出張1回(5日)
高知
福岡1969年?福岡市従姉の結婚式2回(6日)
大分1994年大分市出張.空港と市街はホバークラフトで往復1回(3日)
佐賀
長崎
宮崎
熊本
鹿児島
沖縄

ご覧の通り,訪問時期は小学生の頃から,2010年までと長きにわたっています.岐阜県のように何度も通過したところ,兵庫県,岡山県,広島県のように訪問したことはあるのに,宿泊したことはないところ等もったいないところも結構あります.

また九州は,福岡と大分以外行ったことがありません.

さて,どう攻略していこうかな.

アマチュア無線的には「アワード」と書きます.
詳細は自分で調べてね😉

THE World University Ranking 2020 (2)

リタイヤしたら何をしたいかという意識調査で,「勉強・学習」っていうのがいつも上位になるようです.まあ,この手の調査の結果はたいていコンプレックスが反映されるようで,いかに多くの日本人が「もっと勉強しておけば」という悔悟の念をいだいて生きているかが解ります.

私は,率直に言って,勉強なんかもうまっぴら御免です.少なくとも受験のため,業務成績向上のためなど,世俗的な目的に対する勉強は死んでもやりたくないです.

とはいえ,旅行先でオープンないい感じの大学キャンパスがあったら立ち寄って時間をつぶしてみたいなとは思います.前稿の自分が行ったことのある世界トップクラスの海外の大学は,どこもいい雰囲気でした.

今後,もし旅行するとき,行った先に著名大学があれば,そのキャンパスに立ち寄ることも念頭に入れておきたいと思います.

それで,上位200位までの大学のうち,いくつかのキャンパスはニアミスしたり,訪問のチャンスや可能性があったので,一流大学の雰囲気を楽しむ旅行を空想するために,リスト化してみます

Rank in THE World University Ranking 2020UniversityCountry摘要チャンスのあった時期
7Harvard UniversityUSA訪問したことのあるMITから3kmほど1993
12Johns Hopkins UniversityUSA数km圏内に行ったことがあるはず1993
32LMU MunichGermanyミュンヘンに行ったので,その気になれば行けたかも2009
42McGill UniversityCanada家族がしばらく在学し,その間に訪問しようという話もあった2015〜2017
43Technical University of MunichGermany32位タイのLMU Munichと同様2009
48Nanyang Technological UniversitySingapore知っていればいけないことはなかった2005, 2008, 2010, 2013
64Seoul National University韓国意識していれば,いけないことはなかった2003
66University of QueenslandAustralia2006
71UNSW SydneyAustralia1995〜1997
131University of Western AustraliaAustralia1987
179University of AucklandNew Zealand1997
179Korea University韓国行こうと思えば行けたかも2003
179Queensland University of TechnologyAustralia2006
193University of CanberraAustralia行くつもりがあれば行けた.1983, 1995, 1997

もうひとつふたつ,ありそうですが,だんだんこじつけになるのでこのくらいにしておきます.実際に「行ったことのある」大学と同じ14ありましたから,旅行の計画時に意識していれば,訪問数を倍増できそうです.

表で,単語が不適切なところで改行されていますが,WordPressか,表作成のプラグインTablePressのせいで,筆者の責任ではありません.

THE World University Ranking 2020

つい先日,マスメディアでも標記,THE (The Times Higher Education) World University Rankingの最新版である2020年版の発表が報道されました.

このランキングは,201位以降は詳細な順位がなく,201〜250位グループのような着外扱いで,200位までに入っている(以下「ランクイン」)と,内外のメディアや専門家に評価されるようで,意味があります.

今年は日本の大学は,東大(36位タイ)と京大(65位)しかランクインしていません.何年か前までは,阪大(2020年は301〜350位グループ)と東工大(同251〜300位グループ)など,合計4〜5校がランクインしていました.日本の高等教育の相対的な凋落が見て取れます.

そういう難しい問題は放っておいて^^; その世界に冠たる200校のうち,どのくらいの大学に行ったことがあるか数えてみるのも一興かと思いました.

以下の14校に行ったことがあります.「行ったことがある」といっても,本当に敷地に入っただけのところもありますし,その大学の関係者と仕事上のことで会ったようなこともありますし,大学関係者との私的な関係で,非公式な見学をしたようなこともあります.いちおう,敷地に入っただけと,何らかの用務があったのを区別してマークしてみます.なお,もとのTHE World University Rankig 2020の表と同じく順位がタイの場合,順位の数字の前に”=”を入れたのですが,表を表示するプラグインの仕様かバグのため表示されません

Rank in THE World University Ranking 2020UniversityCountry用務ありYear(s)
4Stanford UniversityUSA1993
5MITUSA1993
17UCLAUSA1993
25NUSSingapore2013
32University of MelbourneAustralia2006
36東大日本2〜3回(年は失念^^; )
50Australian National UniversityCanberra Australia1995
51University of Wisconsin-MadisonUSA1993
60University of SydneyAustralia1997
65京大日本1982?
120University of AdelaideAustralia1995
131University of OsloNorway2001
194University of Technology SydneyAustralia2006
197Yonsei University (Seoul Campus)South Korea2003

こうしてみると,物見遊山で行ったり,通り抜けただけなのは,スタンフォード大,京大とアデレード大だけというのが,われながら予想外であり興味深いです.

大学の教員の方々だと,このランクの中の相当数の大学を訪問されているでしょうね.

また,表中,単語が不適切なところで改行されていますが,WordPressか,表作成のプラグインTablePressのせいで,筆者の責任ではありません.

空港の運営に問題なかったか

関東地方が台風15号の来週に見舞われた月曜日ですが,成田空港から通常の交通手段で東京に行けず,ターミナルビル内が人であふれているのに,到着便をそのまま着陸させ続けた空港の運営方法に,問題はなかったんでしょうか.

たとえれば,鉄道のホームが人でいっぱいなのにコンコースからホームへのエスカレーターを動かし続けるようなもので,これでは,エスカレーターでの将棋倒しやホームから人が落ちるなどの大事故が起きかねません.

とはいえ,飛んできてしまった飛行機を,羽田空港や茨城空港に着陸させるにしても,羽田にも余裕はないでしょうし,茨城も能力的に無理なのかも知れません.素人なのでなんともいえません.

しかし,月曜日の状況は,大事故が起きても不思議でないような状況でした.それこそcustomer-firstの視点から,災害時の運営方法を考えて欲しいと思います.

2019年9月9日(月)